若い時は、現役を引退した人に興味はなかった。
しわくちゃの手は気味悪かった。
けれど、自分の体にしわが増えていくと、奇妙なことにしわのない手が味気なく感じるようになった。子供じみた指先や顔に、深みのなさ、味わいのなさ、例えるならささっと書いた気の抜けたイラストのような、あるいは落書きのような印象すら感じるようになって、そこから学びや驚き、納得や尊敬などが得られないのである。
特に対話はまったく噛み合わない。一致しない。いつからこんなことになったのだろう。若者には過去はなく、未来ばかりがある。それが彼らの希望と絶望を生む。一方、高齢者には未来が少ない。伸びしろがない。しかし、膨大な過去の蓄積がある。それが高齢者の不安と納得を生じさせる。前を見るのと後ろを見るのとの違いがある。上を見るのと下を見るのとの違いがある。
若い時の希望と夢、ジレンマと枯渇・・それはそれで楽しめたし、また苦しんでもいた。けれど、自分自身が年齢を重ねると、築き上げた経験と財産から、過去のジレンマと枯渇は消え失せた。まるで砂漠を必死に歩いているような感情だったものが、今は石清水の湧く、のどかで安心感のある農家の住民になったような気分である。問題は未来である。
未来の時間が乏しくなっている。多くが80歳をゴールにしている。世のため人のために働ける期限が、おそらく80歳なのだ。若くして健康を失う人もいる。60代で消滅する人もいる。私より若いのに人工関節を埋め込む人もいるし、聴覚や視覚を失う人もいる。人それぞれではあるけれど、今、私は66歳にして、75,6歳の10年が「残された時間」と認識している。
その10年はきっと「あっ」と言う間に過ぎ去る。
これからの10年は、過去になく重要で
貴重な10年になるであろう。
第一に、健康でなければならない。
第二に、活動する環境を健全なものにしなければならない。
この二つの条件を極限まで高めるべきだ。
急がば回れ。焦ってはならない。
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