一昨日雪が降り、とけて凍っていました。この写真は職場の玄関先・・
注意しないとスッテン!と転びそう。
近頃、大いなる心境の変化があります。それは激しいスポーツや危険を伴うアクションが面白くないのです。若い時はジェットコースターが楽しかったし、お化け屋敷も面白かった。年末恒例の格闘技イベントもドキドキしながら見ていたし、バイクレースも楽しみでした。けれど、変化が生じたのは60過ぎからです。
小学生の時、体が弱かった私は当然ケンカも弱かった。強ければ満たされるのでしょうけど、それは夢のまた夢・・弱かった分、強さに憧れた。オートバイに乗るようになると、バイクの力で「強くなったような錯覚」を得られた。熱中した。強さにはいろいろな形がある。ボクシングの世界がある、重量挙げもある、マラソンのような脚力もある。将棋や囲碁、ビジネスにも強さ弱さがある。そうして勝つことが幸せで、負けることが不幸だと思っていた。
けれど、その感覚が今はない。興味がなくなってしまった。勝つことそのものに価値を感じられなくなった。飼って虚しいときもある。負けて楽しいこともある。例えば弱い相手に勝つことは嬉しいことではない。また、圧倒的に強い相手に負けることも悔しいことではない。では、勝っても負けてもいい。では私は何に興味があるのか。
私は大切なことに気づきました。人生の目的とは「幸せになる」こと・・それ以外にない。幸せになることが一大事ならば、お金の量や勝った負けたはどうでもいいこと。で、問題は幸せを勝ち負けに置いていることなのです。そもそも幸せとは何か。それは健康に恵まれ、安全安心の中に暮らし、親愛なる人たちと仲良く生活すること、そして楽しみがあることです。すなわち、基盤は平凡な生活にある。
どうしてその真実に気づいたのか。それは介護の仕事を5年続けたからです。この介護の仕事が私の人生観をコペルニクス的に変えました。高齢の利用者が語る共通した人生の世rと媚び・・それは愛情であり、感謝であり、たわいない対話です。利用者は介護士の愛情と支援を受けています。年老いて介護施設の中においてすら、人は幸せに生活できます。そして、その幸せを与えられる介護の仕事には、大いなる幸せがある。
私は誰かに勝つとか、他の人たちより大きな富を
持ちたいという考えはありません。
たたただ縁する人々を幸せにしたい・・
そう願うばかりです。
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