☆私が帰郷した一週間余りの空鶴に利用者さまのAさんが亡くなられた。
足は不自由されていたが、頭はクリアだし、普通に対話もできて相性もよい人だった。帰郷する当日も元気で、その方が急逝されたことを先日知った。癌が起因した疾患での死去。私は癌が深刻な状態だったとは知らなかった。最後に介護した時は「全身が痛い」と言われていたが、痛み止めを服用され「和らいだ」とも言われていた。
この仕事をするようになって何人を見送ったろうか。どの人もまるで身内の死のように感じる。仕事をすると男の人であれ女の人であれ、情が移り、体調の悪い時は辛いし、まして死ともなれば悲しく切ないものです。昨日まで、数日前まで普通に生活してた人が、忽然と旅立たれる・・そのケースは半分。もう半分は衰弱しての死。いわゆる「看取り」です。看取りの場合は長い時間を経て、最後は昏睡状態で旅立たれる。
もう、死しかない人たちが利用するとされるホスピスの話を聞いたことがある。介護施設はホスピスとそんなに違わないと思う。長い短いはあるけれど、利用者さまは確実に死に向かっている。その歩みは、ある人は短く、ある人は長い。何人も、何十人も旅立ちを見ていくうちに死が特別なものに感じられれなくなる一方、死そのものの真実とは何かを考えさせられる。
きのうまで生きていた人がきょう死んでしまう。活力があり、輝いていた人なのに、動かなくなる、しゃべらなくなる・・その極端な違いに本質があるように思えてならない。死は確かに消滅です。死んだ人はもはや存在しない。しかし日常は、生きる人たちで変わらなく動いている・・そういう風景を介護職員たちは見続ける。病院と介護施設はそんなに違わない。ただし、介護施設は死ぬためではなく生きるためにある。正確に言えば「死の直前まで生きる場所」です。
死に遭遇する経験をするたびに介護への熱意が増していきます。Aさんは癌であっても、一言もその話はされなかった。普通に楽しい対話をされた。でも、本人はもうそんなに長くないことを知っていた。普通なら暗くなりそうなものですが、明るく生きていた。だからこそ、最後の最後まで気持ちよく、楽しんでもらいたい・・だからこそ、誠心誠意尽くしたいと思うのです。
生きている間は楽しく快適にさせたい・・
きょうのシフトは「早番」です。
朝のカーテンを開けるところから
仕事が始まります。
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