お酒の先にある本命のトーク
2025年 08月 31日
悲しいニュースに接して共有させてもらえたらと思いました。https://news.yahoo.co.jp/pickup/65
虐待案件があると、待遇の劣悪さに替えるコメントで溢れてしまい、特に内部の福祉従事者がそれを喧伝していることに激しい憤りを禁じえません。自ら発信することができない、弱い立場の人を守るのが私たちの仕事ではないですか?福祉人しての、人間としての倫理観や使命感は無いのでしょうか?同じ福祉人として許せません。この世界に居てほしくないです。
自ら発信できなくなった声なき声を無償の愛の母親のごとくキャッチして少しでも当事者の困り感を軽減し、権利を擁護するのが一番の仕事でしょう?やさしいおじいちゃんおばあちゃんばかりじゃないこともわかりますが、まさにそこに専門性を発揮して適切な方法で解決するという誇りで仕事にあたるべきで、それを果たしたうえで、世間に問題提起すべきです。それを一番立場の弱い、しかも、彼らのおかげで糧をいただいているのに人間として最低です。
私は、福祉や介護の社会的地位が低いことの大きな根底の問題として、表面的に直接的にお金を生まない仕事全体への無意識の蔑視があるととらえています。生まれて間もない赤ちゃんは自らお金を稼ぐことはできません。当たり前です。赤ちゃんは自分の思いを言葉で表現することもできません。当たり前です。しかし、子の幸せを願う母親は心の耳を研ぎ澄ませて赤ちゃんの声を察知してお世話をします。そんな母の姿、お金に換算できないくらいものすごい崇高なお仕事をされています。それ自体にお金は発生しません。お年寄りは赤ちゃんと同列に置けないかもしれませんが、私たちの仕事はまさにこの母のような立ち位置だと思うのです。極端な感想かもしれませんが、つまり、子守りをしてもらっていればよいのだ、子守りは誰だってできるだろ、だったら、安くてもよいだろうというような暗黙の世間の認識があるのだと思うのです。
私たちは何をしなければならないかと言うと、外見的に直接お金を生むことはないけども、一人の人生の幸せに尽くすことの価値あることなのかを社会に高らかに宣言していくことではないでしょうか?お金よりも一人の人生に価値がある。それを社会に訴えていくことができる立ち位置に携わっているということは本当に幸せなことです。
卑屈の支援者や営利と保身目的の経営者は去ってほしい
大事なことなので、この感想を記事にしました。
いよいよ私のyoutubeも本格的な作品を
出したいのでありがたいです。
これからもご意見くださいね!




